伝説の殺生石と千体地蔵
7月31日 那須湯泉神社から続いて
史跡 殺生石と千体地蔵を見に行きました。
湯泉神社の境内を出るとこのように
上から全景を望めます。
緑の中にこの部分だけ
雑草すら生えていません。
生命の存在が無い事からあの世との入り口の
賽の河原とも呼ばれています。
赤い点々は千体地蔵さんの頭です。
湯泉神社の裏鳥居を抜けると
殺生石エリアに入ります。
石の香橋を渡ると
殺生石エリアに到着
殺生石です。
現代風に話すと中国で大暴れした
大妖怪 九尾の狐が美少女に化けて
日本にやってきて
当時の日本のトップ鳥羽上皇の宮女として
玉藻午前という名で溺愛されてました。
あともう少しで鳥羽上皇を骨抜きにして
日本を乗っ取れると思った所で
陰陽師の阿部秦成にバレて大失敗。
那須まで逃げて来て朝廷軍と
激戦のうえ退治され死んだ後に
固まって石になったものの
その後も毒気を放ち
近づく生命体を殺し続けた事から
殺生石と呼ばれているそうです。
現在でも硫化水素ガス濃度が強い日は
立ち入り禁止で近づく事が出来ません。
この日は大丈夫で近くまで行けました^_^
この石の周辺からあの鹿の湯と同じ
鉱泉がじゃんじゃん流れてて
美肌効果があるらしく女性数人が
ペットボトルに入れて持って帰ってました。
どうやら化粧水的な感じで使うらしい。
温泉ミストという名で売ってるらしいけど
ここでは無料で汲み放題 ^_^
この地を訪れた松尾芭蕉が読んだ句の石碑
「石の香や 夏草赤く 露あつし」
殺生石の上を飛んでいた蝶や鳥が
芭蕉さんの前で
パタっと落ちて驚愕したという話も。。。
殺生石の呪いを鎮める為に呼ばれた
玄翁和尚の石碑
玄翁和尚の喝と鉄槌で割れて
全国各地に飛び散ったらしい
という事で賽の河原を歩きます。
教伝地獄
教伝というチンピラ住職が仲間と那須に
湯治に行くときに
お母さんがせっかく用意した朝御飯を
ひっくり返して、その母を蹴飛ばしてそのまま出発 (汗)
この地に到着して殺生石を見学してた所、
地面からマグマが噴出して、
「天罰を受けて火の海地獄に落ちるー!」
と叫んで死んでしまったそうです。汗
教伝地蔵
この地蔵は教伝の供養と親不孝の戒めとして
建てられたそうです。
親不孝はイカンね
千体地蔵
この千体地蔵、実は作られたのは
割と最近の事で
教伝地蔵が古くなり修理しようという話になり
完成後に脇にある地蔵もなかなか良いから
千体になるまでみんなで寄進しよう!
という現在進行中のプロジェクトなんですね!
平和を願うという事で大きな手で
拝んでいるのが特徴
昭和53年から国の正式な許可を得て
作られ続けて現在は900体余りに
なってるようです。
これも歴史の1つとして
刻まれていくんでしょうね ^_^